プロ野球選手

坂本勇人の高校時代はやんちゃで無名だった?巨人が1位で指名したのはなぜ

日本を代表するプロ野球選手に成長した坂本勇人選手。

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2016年にセントラル・リーグの遊撃手史上初の首位打者に輝く金字塔を打ち立て

数々のタイトルを獲得しています。

そんな、坂本勇人の高校時代はやんちゃで無名だったそうです。

巨人が当時ドラフト1位で指名したのが不思議です。

そこで今回は、坂本勇人の高校時代はやんちゃで無名だった?巨人が1位で指名したのはなぜ

についてまとめました。お見逃しなく!

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坂本勇人の高校時代の成績は?

青森県の強豪校光星学院高等学校(現八戸学院光星)へ坂本勇人選手は、
野球留学をしていました。

1年生の秋からショートのレギュラー選手として試合に出場して
高校通算39本塁打を放っています。

甲子園に初めて出場したのは3年の選抜大会で、プロ注目右腕であった関西高校の
ダースロマシュ匡(元北海道日本ハムファイターズ)投手から
3安打を記録しています。

坂本勇人選手の甲子園出場は1回だけで、それほど全国での知名度は高くありませんでした。

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坂本勇人選手が巨人が1位で指名したのはなぜ?

坂本勇人の高校時代はやんちゃで無名だった?巨人が1位で指名したのはなぜ

2006年の高校生ドラフト会議で坂本勇人選手は巨人から1位指名されています。

その理由には1人のスカウトが大きく関わっています。

当時巨人のスカウトをしていた大森剛氏(現巨人国際部課長)です。

大森剛氏は坂本勇人選手が無名の高校時代からセンスと高校生離れしたプレーに注目していました。

当時ショートのレギュラーだった二岡氏の後継者を探していたチーム事情に
合致する選手だと一目惚れしたそうです。

スカウトの中でも評価が分かれる坂本勇人選手について、ドラフト会議の直前に当時の上司から
「お前が言うセンスと雰囲気って何だ」
と問われた大森氏は

「似た背格好の選手を100人集め、
全員真っ白なユニホームを着させて練習させても
『あれが坂本』と誰でも見分けることが出来ます。

どこにいても一目で分かる。それがセンスと雰囲気です」

と答え、堂上直倫(現中日ドラゴンズ)選手の
外れ1位での指名となりました。

坂本勇人選手が巨人に1位指名された裏には彼を熱心に見守り続け、巨人軍に必要な選手だと
球団に訴え続けた大森氏の存在があったからです。

ちなみに阪神の岡田元監督は解説で
「先に指名されてしまった」と
話していました。

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坂本勇人は高校時代やんちゃで有名だった?


そういう坂本勇人選手ですが、高校1年生の冬にひと騒ぎを起こしています。

地元の兵庫から遠く離れた青森の地で金沢監督(現明秀学園日立高校監督)の厳しい指導を受ける中、

年末年始の帰省後に鼻と耳にピアスをつけて監督に

「野球をやめたい」と言いだしたそうです。

金沢監督は荷物をまとめるように命じて飛行機に乗せて大阪に着くまでの間に
坂本勇人選手の親に電話をしています。

絶対やめさせませんから。あいつの友だちに言うてください。

『勇人は野球でしか身が立たへんのに、お前らと遊んで、
お前らにあこがれて帰ってしまう。

はたしてそれでいいのか? 友だちなら野球やめるなと言ってくれ』と」

地元の友人が坂本勇人選手を説得をし、キャプテンが何度も電話をして坂本勇人選手は青森に戻ってきて
野球に打ち込むようになりました。

この出来事がなければ、坂本勇人選手はプロ野球選手になっていなかったでしょう。

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ネットの声

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まとめ

坂本勇人の高校時代はやんちゃで無名だった?巨人が1位で指名したのはなぜ

についてまとめてきました。

いまではプロ野球界を代表するような坂本勇人選手ですが、

高校時代にはいろんなエピソードがあったんですね。